おうちのこと 

おうちのこと

40代なのに貯金ないけど、居心地のいいおうちを作ろうと奮闘するブログ

8月15日なので

終戦の日ということで、戦争について少し書ければ、と思います。

 私は小学生の頃、父の転勤で長崎に住んでいたことがありました。

長崎では、原爆が落とされた街なので戦争の教育が熱心だった気がします。

夏休み中の登校日は(8月9日)浦上天主堂や、被爆した小学校など、写真もたくさん展示されました。

痛々しい写真もあって、すごく怖くて正視はできず、目を伏せていた記憶があります。

 

そして今、私の娘たちは小学生ですが、時代も住んでいる場所も違うからか、戦争についての教育のされ方が全然違うようです。

長女が6年生になって初めて原爆について学ぶことがあったようですが、具合が悪くなる生徒が続出する生々しい授業だったそうです。

具合が悪くなるほどの内容はどうかと思いますが、戦争について学ぶのは大切だと思います。5年生以下の学年ではあまり学ばないのは、残念に感じます。

登校日もありませんし、原爆が落とされた日も、終戦の日も、知っている子どもは少ないようです。

 

私の祖父母はもう亡くなってしまって、戦時中や戦後直後の話を聞ける身内が私にはもういません。

若い頃は、その時代について聞こうと考えたこともありませんでした。だけど今、自分自身も戦争についてあんまり知らないので、娘に教えることもできず「本や新聞を読みなさい」と言うことしかできないので、祖父母にもっと話を聞いておくべきだったなと思います。

 

4年生か5年生頃か忘れましたが、夏休みの宿題で「戦争についてのお話をおじいちゃん、おばあちゃんに聞く」というものがありました。

提出した私の作文に担任の先生が激怒しました。「戦争中は食べるものがあまりなかったので、お寿司の桶に残ったご飯粒でさえも残したら怒られたそうです」と書いたところ「戦争中にお寿司なんて食べるわけないでしょうが!」と。

「おばあちゃんに聞いたんじゃなくて適当に作って書いたでしょ!」とめちゃくちゃ怒られましたが、実はおばあちゃんがそう言ったのです。怖くて先生には何も言えませんでしたが、「おばあちゃん、ひどいよ」と心で泣きました。

今考えると、確かに寿司なんて食べないだろうとわかりますが、たまたまお寿司を食べてる時に私がその話を切り出したのではないかなと思います。先生の言う通り「適当に」おばあちゃんに聞いてしまった結果なのかなと感じました。

それ以外でも忘れ物が多かったり、しょっちゅう先生には叱られていましたが、その時にはあまりにもすごい剣幕で怒られたので、強烈に記憶に残っています。

 

最後はしょうもない思い出話になってしまいましたが、もし戦争の記憶がある親戚の方がご存命なら、ぜひ少しだけでもお話を聞かれると良いと思います。